以下は、2026年4月20日から24日にかけて、世界銀行東京防災ハブが防災グローバルファシリティ(GFDRR)と連携し、日本政府およびカナダ政府の協力を得て開催した「緊急事態への備えと対応(EP&R: Emergency Preparedness and Response)アカデミー」におけるセッションの概要です。
「ベースライン評価からアクションプランへ ― 各国の実践例」と題した本セッションでは、ベースライン評価が、「緊急事態への備えと対応(EP&R)システムの現状を把握し、その結果を政策立案、投資、および能力強化に生かすための実践的なツール」として紹介されました。また、法制度、組織体制、財政、施設、人材、情報システムなど、EP&Rシステムを支えるさまざまな要素について、実際に機能しているか確認することの重要性も強調されました。参加者は、90項目の設問による簡易評価から、包括的な緊急事態対応能力評価まで、世界銀行が提供するさまざまな評価ツールへの理解を深めるとともに、それらの評価結果を検証する上でシミュレーションが重要な役割を果たすことについて議論しました。
各国の評価結果を総合的に分析したところ、法制度や組織体制は比較的整備されている一方、施設、インフラ、および財政面での備えには共通した課題が残ることが明らかになりました。また、各国の事例からは、ベースライン評価が根拠に基づく意思決定を後押しし、優先課題の明確化、財務省・開発パートナーとの対話促進にもつながることが示されました。さらに、ベースライン評価は一度実施して終わるものではなく、継続的に改善していくための出発点とすべきであることも強調されました。
主なポイント
課題は法整備ではなく、制度の実効性
EP&Rアカデミーに先立ち実施された簡易評価の結果を各国横断で分析したところ、多くの国で法制度や組織体制は比較的整備されている一方、実際の運用には課題が残ることが明らかになりました。このため本セッションでは、法律や制度を整備することと、それらを効果的に機能させることは別課題であり、後者の方がはるかに難しいことが指摘されました。例えばカンボジアでは、法制度は十分に整備されていた一方で、人員等の確保、関係機関の連携、および実施体制には課題があることが示されました。こうした評価結果を踏まえ、カンボジアでは社会的保護制度の枠組み、緊急事態対応基金、および早期警戒ロードマップなど、新たな取り組みが進められました。
また、ナイジェリアの州レベルで実施された評価では、災害対応の仕組み自体は整備されていたものの、各機関の連携が十分ではなく、体制が効果的に機能していないことが明らかになりました。その結果、議論は「どの機関に責任の所在があるか」ではなく、「災害対応体制のどこに課題があるのか」を見極める方向へと転換しました。こうした事例が示すように、各国には、新たな法整備を進めること以上に、施設や設備、対応手順、人材育成など、制度を実際の対応力へとつなげるための投資を優先することが求められます。
「どれほど優れた法律があっても、それを実行するための設備が整っていなければ、絵に描いた餅に過ぎません。制度として掲げる目標と、それを支える現場の基盤は一体となって整備する必要があります。」
― カンボジア国家防災委員会 プロジェクトマネジメント課長 ソー・ソチアット氏
ベースライン評価の検証に不可欠なシミュレーション
本セッションでは、ベースライン評価だけでは、緊急時にEP&Rシステムが実際に機能するかを見極めることはできないことが強調されました。ベースライン評価とシミュレーションを組み合わせることで、書面だけでは見えにくい、関係機関の連携不足や役割分担の曖昧さ、資金動員の遅れ、手続き上の課題などを明らかにできます。参加者からは、机上での評価では十分に機能しているように見えても、シミュレーションを実施すると、緊急事態の発動基準が十分整理されていないことや、関係機関の連携不足、救助要員の確保体制の不備など、運用面における課題が浮き彫りになるとの指摘がありました。ナイジェリアでも、シミュレーションを通じて、現場での対応能力や関係機関による合同訓練に課題があることが示され、ベースライン評価の結果が裏付けられました。こうした検証は、特に脆弱性・紛争・暴力(FCV)の影響を受ける状況下で重要です。同国の事例から、時間やリソースが限られ包括的な評価が難しい場合でも、簡易評価とシミュレーションを組み合わせることで、優先的に対応すべき課題を迅速に把握し、効果的な改善策につなげることが推奨されました。
「複数の災害リスクに加え、脆弱性・紛争・暴力(FCV)に直面する国々が、自国の備えの現状を正確に把握できなければ、同じ危機対応を繰り返すことになります。ベースライン評価とシミュレーションは、危機への事後対応から、危機を予測し未然に備える体制へと転換するための、重要な一歩です。」
― ナイジェリア国家緊急事態管理庁 副長官 エバンス・ウゴ・イグナティウス博士
得られた教訓と今後の展望
本セッションを通じて、主に3つの教訓が得られました。
1) ベースライン評価(簡易備価やR2Rなど)では、スコアそのものよりも、優先的に取り組むべき課題、傾向、および必要な投資を明らかにすることが重要であること
2) 財政面での備え、施設、インフラは、各国共通のEP&Rシステム上の課題であること
3) 自己評価に加え、シミュレーションや開発パートナーによる検証を組み合わせて実施する必要があること
各国代表団は、ベースライン評価の結果やシミュレーション、さらにEP&Rアカデミーで得られた他国との学びを踏まえ、本アカデミー終了までに、短期・中期で実現可能な制度改革や投資を盛り込んだ、優先順位付きの国別アクションプランを策定しました。今後もフォローアップを通じて、アカデミーで得られた学びの継続的な実践を支援していきます。