2023年2月にトルコのガジアンテプで発生した地震では、広範囲にわたる道路の損壊が深刻な燃料不足や地域の交通的な孤立を引き起こし、日常生活や人道支援活動に大きな支障をきたしました。この災害によって、化石燃料への依存度が高く、大規模災害時への備えが不十分な交通システムを抱えるトルコの大都市自治体の脆弱性が浮き彫りになりました。今後、強靭なインフラの整備や代替エネルギー源の導入が進まなければ、同様の災害時に交通網や緊急対応体制が再び機能不全に陥るおそれがあります。
こうした課題への対応として、トルコでは現在、災害に強く、再生可能エネルギーを活用した公共交通機関の導入に取り組んでいます。この取り組みには、電気自動車の配備や交通インフラの強化に加え、ガジアンテプ、イスタンブール、イズミル、アンカラといった大都市における持続可能な各種代替交通手段の模索などが含まれます。そのような中、「日本-世界銀行防災共同プログラム」の支援のもと、日本でトルコの自治体向けに1週間に渡るナレッジ交流プログラムが実施され、参加者はこうした取り組みの達成に向けた手がかりを探りました。
2024年11月、世界銀行防災グローバル・ファシリティ(GFDRR)の中心的な組織の一つで、「日本-世界銀行防災共同プログラム」を運営する世界銀行東京防災ハブは、ガジアンテプ、イスタンブール、イズミル、アンカラの大都市自治体とトルコ運輸・インフラ省の戦略・予算局からの代表団を日本に招き、ナレッジ交流プログラムを実施しました。
このナレッジ交流プログラムは、トルコの自治体において、特に地震リスクを見据えた交通システムの気候変動と自然災害に対する強靭化を支援する広範な取り組みの一環として行われました。本プログラムの目的は、トルコの交通当局担当者が、災害に強いモビリティの分野で世界的に評価される日本の取り組みから、実践的な知見を得ることにありました。本プログラムでは、早期警報システム、リアルタイムの運用監視体制、革新的でクリーンな交通ソリューション、多様な関係者間の連携体制などが紹介され、代表団は、これらが重なり合って機能することで、交通インフラと人々のモビリティを災害から守っていることへの理解を深めました。
JR東日本や東京メトロなど日本の鉄道各社では、災害検知システム、地震や津波の早期警報システム、非常事態時の避難方法など、緊急事態に備えた実践的な取り組みが紹介されました。直近でもこうした取り組みの有効性が示されており、例えば、2004年の新潟県中越地震での新幹線の脱線事故においても、自動列車停止装置や迅速な緊急対応により乗客に死傷者は発生しませんでした。こうした成果の背景には、洗掘や土砂崩れの検知機器、地震計、統合された通信・制御プラットフォームといった高度な水文・地震観測システムの存在があります。特に現行の通信・制御プラットフォームは、鉄道の運行情報、乗客の流れ、気象状況、災害リスク警報をリアルタイムで統合する「デジタルツイン技術(現実世界とリアルタイムに同期する仮想現実技術 )」が導入され、鉄道輸送の一層安全で安定した運行を実現しています。
東京の政策研究大学院大学(GRIPS)では、インフラの構造補強やリアルタイムの監視システムを活用した、鉄道における自然災害のリスク管理に対する日本の統合的なアプローチが紹介されました。専門家による説明では、早期警報システムや洪水予測モデルを含む、地震、豪雨、暴風、降雪などの自然災害リスクに対する日本の包括的な対策手法が強調されました。また、東日本大震災や令和元年東日本台風で被災したインフラの事例研究から、こうした包括的な対策が脱線事故や人的被害の軽減に効果的であることが示されました。
代表団は気候変動対応型(クライメート・スマート)交通分野における日本の取り組みについても知見を得るため、ゼロ・エミッションの輸送手段としてのみならず、緊急対応力の強化にも大きく貢献している東京都の水素燃料電池(FC)バスのネットワークを視察しました。東京都交通局が気候変動の影響軽減と、災害対応の強化という二つの目的のためにFCバスを導入したのは、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控えた2017年でした。大規模災害時には、これらのFCバスは避難所や不可欠な施設における移動式電源として配備することが可能であり、通常のインフラが安定して機能しない状況下でも、各種の重要サービスを維持するための備えとなっています。
今回のナレッジ交流プログラムの実施にあたって、日本の専門家とのネットワークを通じて中心的な役割を担ったチームを率いた北内正彦・日本コンサルタンツ(JIC)副本部長は、「トルコの代表団は、日本の防災への事前投資への強いコミットメントや、利害関係者間の高度な調整体制に感銘を受けていたようでした」と述べた上で、「ソフト・ハード両面の対策に対して積極的な議論が交わされ、災害発生のかなり前の段階から国の関連機関、地方自治体、民間輸送事業者が連携する枠組みなど、日本の多層的な防災アプローチについては、特に強い関心が寄せられていました」と語りました。
さらに、北内副本部長は、「デジタルモニタリングシステムやFCバスの運行などの実地デモンストレーションは、強力かつ具体的な洞察を与えるものだったと思います。日本のモデルが現場でどのように機能しているかを実際に目にしたことで、代表団は何が実現し得るのかについて、より深い理解を得ることが出来たのは明らかです」と振り返りました。
都市中心部が気候変動と地震による複合的なリスクにさらされているトルコにとって、今回のナレッジ交流プログラムで得られた知見は特に重要な意味を持ちます。今回、同行した世界銀行の上級運輸エンジニアであるムラト・ギュルメリッジは、「(本プログラムで紹介されたような)実用的で費用対効果に優れた対策は、特に洪水や地震への対応において、トルコの都市交通システムに大きな変革をもたらしうるものです」と話しました。
さらに、本ナレッジ交流プログラムは代表団にとって、交通のレジリエンスをより広範な災害リスクのガバナンスに統合していくことの重要性を確認する機会ともなりました。日本内閣府の担当者との会合において、代表団は、日本の災害対応システムが5段階の深刻度に応じて構成されており、首相が指揮を執る仕組みになっていることについて説明を受けました。また代表団は、日本の緊急対応チームが24時間365日体制で活動する仕組みや、危機管理専門官が迅速に被災地に派遣され、緊急対応活動を調整する仕組みについても意見を交換しました。代表団は、国と地方の緊急対策本部を含む日本の多機関連携の枠組が、省庁間のリアルタイムな情報共有と共同意思決定に支えられており、大規模災害発生時に迅速かつ統一された対応を可能にしていることについても紹介を受けました。
日本政府の支援のもと、世界銀行東京防災ハブが運営する「日本-世界銀行防災共同プログラム」は、トルコの自治体が今回のナレッジ交流プログラムで得られた教訓を活かしつつ、リスクアセスメントの強化、より強靭なインフラの設計、そして、長期的なレジリエンス計画を交通政策および交通投資計画に反映できるよう、今後も継続的に支援していきます。