著者:Nobuhiko Daito(運輸専門官)、Hakim A. A. Al-Aghbari(上級ハイウェイエンジニア)、Masakazu Miyagi(インフラ専門官)

 

交通システムは、最も重要なインフラの一つです。強靭な交通インフラの整備により、災害による混乱時でも人々が職場に通い、子どもたちが通学し、傷病者が緊急医療を受けることが可能になります。交通インフラの強靭化は初期投資の増加を伴うかもしれませんが、災害時の混乱回避や経済的損失の軽減といった強靭化による長期的な利益は、極めて大きいといえます。世界銀行の2019年の報告書によると、開発途上国における強靭なインフラ設備投資は、こうした新規インフラの長期に渡る供用期間中に、4.2兆ドル相当の純便益をもたらすと推計されています。これは、インフラ設備の強靭化に対する1ドルの投資あたり4ドルのリターンが見込まれる、と言い換えることもできます。何より重要なのは、災害発生後の対応や復旧よりも、災害の予防・軽減・備えに向けた事前の取り組みの方が、はるかに効果的であるということです。

 

このようなインフラ設備の強靭化に伴う便益を踏まえると、これまで公共セクターが主導してきた交通セクターの災害リスク管理(DRM)において、民間セクターが果たしうる役割はあるでしょうか。答えは「間違いなくある」です。例えば、国連加盟国により採択された2030年までの国際的な防災指針である「仙台防災枠組」は、災害への備えと緩和措置を強化するために、災害リスクの予防・軽減における公共・民間双方の投資の重要性を強調しています。日本政府の支援により設立され、防災グローバル・ファシリティ(GFDRR)の東京防災ハブが運営する「日本−世界銀行防災共同プログラム」は、官民連携(PPP)に関する国際的なベストプラクティスを共有し、開発途上国がこれらの実践的知見から学ぶ機会を提供することで、強靭な交通システムの構築を支援しています。

 

日本は災害多発国として、災害リスク軽減分野で豊富な経験を蓄積しており、インフラサービスにおける民間セクターの参画の意義を深く認識しています。そのため日本では、財政的な持続可能性を高めつつ、気候変動や自然災害に強靭なインフラ・ネットワークを構築するための技術的に優れたソリューションを提供するため、多様な調達と契約の仕組みを導入してきました。官民連携のためのこうした調達・契約の仕組みは、2011年の東日本大震災および津波の後、道路復旧の迅速化に特に有効であったことが示されています。加えて地方自治体は、民間の高速道路事業者と枠組協定を結び、被災地への緊急時のアクセスを確保しています。これにより、ファーストレスポンダー(消防職員や自衛官など)や物流事業者が、食料や水といった必需品を被災地に迅速に輸送できるようにしています。

 

民間セクターは、資産保護、サプライチェーンの維持、事業継続および競争力の確保といった観点から、災害リスク管理を不可欠な取り組みとして捉えるようになっています。例えば、ある日本の高速道路会社が策定した地震発生時の事業継続計画には、包括的な災害後対応戦略が盛り込まれています。この計画では、利用者の安全を最優先に、資産被害の最小化、迅速な復旧による二次災害の防止、緊急交通網の確保、営業収益の損失軽減といった目標が掲げられています。

 

地震や台風などの大規模災害が発生した際には、公共セクターが通常多額の復旧費用を負担します。復旧をより効果的に進めるため、政府は事前に締結した緊急時契約や枠組協定を活用して、民間セクターの力を借りる動きを強めています。これらの契約や協定により、重要インフラの修復やサービス復旧に必要な資源の迅速な調達と投入が可能となります。またこれらの契約や協定は、必要資源の調達や復旧作業の効率化に加え、民間セクターの技術力や即応力を活かすことにもつながります。例えば、適切に設計された有料道路のコンセッション契約(*)には、災害リスクに対する綿密な評価が盛り込まれており、不可抗力条項を明確に規定した上で、こうしたリスクを公共・民間パートナー双方間で最適に配分しています。

NIED

地方道路のレジリエンスに関する技術的知見の交換のために日本を訪れたカンボジア代表団(日本の防災科学技術研究所(NIED)にて)

ヨルダンおよびカンボジアにおける実践的な応用

「日本−世界銀行防災共同プログラム」は、類似の課題に直面するクライアント国に対し、上述の日本の教訓を共有する活動を進めています。これらの活動は、ヨルダンやカンボジアといった国々において、日本の実践的な経験を活用し、交通インフラの強靭性を強化する継続的な取り組みに基づいています。

 

ヨルダンでは、政府が官民連携の仕組みと有料道路制度を活用し、道路の運営および維持管理(O&M)の財政的な持続可能性向上を目指しています。東京防災ハブを通じて提供されている技術支援により、有料道路の導入やO&Mの民間委託が進められており、重要業績評価指標(KPI)システムに基づき、予測可能な収益の確保と効率的な維持管理が実現されています。日本の専門家は、道路コンセッション、有料道路インフラにおける災害リスク管理、官民連携に関連する法的枠組みなど、有料道路政策に関する知見と実務経験に基づいた効果的な各種の官民連携モデルを共有することで、ヨルダン政府による交通分野におけるO&Mの強化を支援しています。

 

同様に、「日本−世界銀行防災共同プログラム」の資金による技術支援の一環として、カンボジア農村開発省の関係者を対象に、日本でのスタディツアーが実施されました。このツアーでは、日本の災害リスク管理および地方道路のレジリエンスに関する専門知識が紹介されました。特に、ライフサイクル・アプローチに基づいた地方道路の脆弱性への対応に焦点を当てた、各種の取り組みが強調されました。これらには、災害リスク情報に基づく道路ネットワークの計画、強靭な工学的設計、交通インフラ設備の積極的な監視・維持管理、災害時の備えとしての緊急対応計画といった取り組みや、その他の官民連携の成功事例が含まれます。

 

ヨルダンおよびカンボジアにおけるこうした取り組みは、交通セクターを含む災害リスク管理に民間セクターの参画を促すための環境整備の際、「日本−世界銀行防災共同プログラム」がクライアント国で果たすことのできる重要な役割を明確に示しています。政府が公共財に対する災害リスク評価やリスク配分の最適化に真摯に取り組む姿勢を示すことで、民間投資家もそれらのリスクを管理可能なものと捉え、参画への意欲が高まります。このような官民連携により、政府はステークホルダーおよび広く国民に恩恵をもたらす、強靭な交通インフラ・ネットワークの構築を実現することが可能となります。

 

(*) 公共施設の所有権を公的セクターに残したまま、一定期間、運営権や利用料金徴収権を民間企業に付与する長期契約方式。