洪水は、カンボジアにおいて最も頻発し広範囲に影響を及ぼす自然災害であり、人々の生命と生計に深刻な脅威をもたらしています。気候変動の影響により、今後さらに深刻な洪水の発生頻度が増すと見込まれています。2011年の洪水では170万人以上が被災し、250人が死亡、5万世帯が住居を失いました。

 

こうした高い洪水リスクにもかかわらず、カンボジア国内に整備されている多目的洪水避難所はわずか9か所であり、収容可能人数はおよそ1万2,000人にとどまります。防災グローバル・ファシリティ(GFDRR)による控え目な推計でも、300万人を超える人々が深刻な洪水リスクにさらされており、そうした洪水の中には10年ごとに10%の確率で1.5メートルの深さを超えるものもあると見積もられています。同推計はさらに、洪水リスクにさらされる人口が2050年までに約800万人に達する可能性も指摘しています。避難所の収容力が限られているため、多くの人々は、基礎的な安全、水の供給、衛生環境、医療支援が確保されておらず、女性、子ども、高齢者といった社会経済的に弱い立場に置かれた人々への十分な配慮のない施設に一時的に避難せざるを得ない状況に置かれています。

 

こうした状況を受け、カンボジア政府は、深刻化する洪水リスクから生命と生計を守る取り組みの一環として、社会経済的に最も脆弱な人々を保護するための多目的洪水避難所の整備を優先課題と位置づけています。GFDRRは、その気候変動リスク管理、災害リスク管理(DRM)、保健医療分野における専門性を活かし、避難所が最大限の保護機能を提供するだけでなく、平時における保健医療サービス提供の需給ギャップを埋める施設となるよう支援を行ってきました。本支援は日本政府のご支援のもと、世界銀行東京防災ハブが運営する「日本−世界銀行防災共同プログラム」を通じて提供されています。

 

GFDRRは、カンボジアにおけるすべての災害リスク管理活動を主導・調整する責任を担う、国家災害管理委員会(NCDM)と緊密に連携し、同委員会の技術チームによる洪水リスクおよび社会経済的脆弱性の地理空間分析を支援しました。この分析により、避難所の整備が最も緊要とされる高リスク地域のみならず、避難所へのアクセス向上によって最も大きな恩恵を受ける可能性のある、社会経済的に脆弱な人々の特定と検証を可能にしました。こうした分析支援において、日本の防災専門家が、カンボジアに即した地理空間分析手法の精緻化と適用に貢献しました。

 

カンボジアでは、洪水リスクや社会経済的脆弱性の状況が地域によって異なるため、本支援は、避難所配置に係る意思決定の質を高め、限られた投資資源を効率的に活用するうえで極めて重要な意義を持ちます。こうした分析に加え、GFDRRはNCDMの主要関係者とのワークショップを支援し、分析結果を各地域の文脈と結びつけるための取り組みも推進しました。

 

この連携の成果として、当初1,633か所あった避難所候補地は、特に避難所建設ニーズの高い363の自治体に絞り込まれました。そのうち169の自治体では、住民の少なくとも半数が極めて高い洪水リスクにさらされています。また143の自治体は、洪水リスク自体は比較的低いものの、社会経済的に非常に脆弱な地域です。ここで重要な知見として、少なくとも避難所建設のための投資の初期段階においては、高リスク地域に近接する比較的洪水リスクの低い自治体に優先的に投資する方が、費用対効果の面で優れている可能性が示されました。これらの自治体では、電力、水道、交通といった基礎的インフラに多目的洪水避難所を接続するための投資要件が大幅に抑えられると見込まれています。こうした必須インフラと避難所の接続は、避難者に対して安全かつ適切な避難生活を提供するために不可欠です。

 

GFDRRはまた、NCDMが多目的洪水避難所を平時における臨時の保健医療施設としても活用できるよう、技術支援を提供しています。本技術支援は、多目的洪水避難所の維持管理費用の見積もり、地域住民の信頼醸成による避難所利用の促進、こうした多目的施設の適地選定基準の策定といった重要事項を含みます。GFDRRは、現在も保健医療サービスが行き届いていない地域における、保健医療提供体制の強化に向けた避難所の活用方法について、NCDMとの対話を続けています。これにより、公衆衛生や災害に関連する緊急事態に対する国全体のレジリエンス向上が期待されます。避難所を保健医療施設として機能させるには、十分な給排水設備の整備も必要であり、これは汚水を介して広がる感染症の発生リスク低減にもつながります。

 

多目的洪水避難所の保護機能向上と平時の保健医療サービス提供の可能性を追求する、カンボジアにおけるGFDRRによる様々な支援は、災害・緊急時対応と保健医療体制のレジリエンスとの間に存在する重要な相乗効果を浮き彫りにしたと言えます。今後中長期的には、カンボジアがGFDRRおよび日本の専門知見をさらに活用し、災害への備えと保健医療サービス提供の両面に資するセクター横断的投資を効果的に推進すると同時に、社会経済的に脆弱な人々の保護を一層強化していくことが期待されます。2024年に日本で開催された防災グローバルフォーラム2024においては、兵庫県の保健医療当局者および世界保健機関(WHO)神戸事務所の公衆衛生緊急事態・防災専門家より、平時の保健医療サービス提供における多目的避難所の有効活用のセクター横断的な相乗効果について、貴重なフィードバックが寄せられました。

 

※本記事は2025年6月に追加情報を反映し、更新されました。